ゆるのり!  さて、みんな。世界中の人たちが『能力』と呼ばれる特殊な力を使えるようになってから十年近く経ったね。 その『能力』を学ぶのがこの光ヶ岡(ひかりがおか)学園だけど、みんなはなんで『能力』なんて適当に呼ばれていか知っているかい? 理由は簡単。正直言って考えるのが面倒くさくなったから。 いや、これ本当の話だよ? 「火をつけるのは超能力っぽい。でもそれを操って動かすのは魔法っぽい。それに中には自分の体を変化させる人もいる。ひとつで括るのに新しい言葉はないし、そんな言葉を作るのも面倒くさい。だったら『能力』でいいじゃないか」 ある日突然そんなことを言った人がいたんだ。呼び名をどうするか争っていた人々はみんなこの適当な名称を受け入れた――正直みんなどうでも良かったんだと思う。だってその頃にはみんな普通に使っていたから。 みんなは『能力』を堅く重苦しい物と捕らえているのかもしれない。でも、そんな適当に名前を決められたものが堅く重苦しいものかい? 違うよね。『能力』の本質は、それぞれの人の心の中そのもので、とても曖昧な物なんだ。 中には弱いと思われる能力があるかもしれない。でも、弱い能力に見えても、使い方によってはとても便利に使うが出来る。そんな曖昧なところがあるから『能力』を学ぶのは面白いと思うんだ。  僕はみんなに『能力』の可能性を教えたいと思う。  僕の影響――いや、授業を受けて、『能力』についての認識を新しくしてくれると、僕はとても嬉しい。 ―――原田孝介の赴任演説より抜粋 1  朝、目覚まし時計が設定した時間通りに鳴り始めた。毎朝毎朝この目覚まし時計の音には殺意を覚える。でも、使わないと起きれないこともまた事実だからしょうがないか。いつものように、思いっきり叩いて黙らせた。 重いまぶたを開けると、一年前に住みはじめたときから変わらない薄汚れた寮の天井が目に入ってきた。カーテンに遮られた弱い朝日が六畳一間というささやかな僕の生活空間をほのかに照らしている。 プリントの山に埋まった教科書。机の上に放置されている昨日の夕飯の残り。そこらじゅうに散らばっている大量のゲーム。それらが僕に片付けろと促してくる――また今度ね。 「ちっくしょ、ふあぁぁ……」 僕は大あくびをしながら、重い身体を起こそうとした。だけど全く体が動かない。目を身体の方にむけると、体の上に謎の物体が乗っているのが見えた。  そいつは無邪気な顔をこちらに向けながら、何も心配事など無いかのようにすやすやと寝ていた。その顔は一瞬女かと見間違うほどの童顔で、茶色いショートカットととてもよく似合っている。……だけど、こいつは男だ。僕にはソッチの趣味は無いから朝同じ布団で目覚めても全くうれしくない。 「起きろや!」 殺意を込めて謎の物体が乗っかっている足を思いっきり振り上げる。 「ウゴバッ!」  おそらくわき腹を蹴り上げられたであろうそいつはうめき声を出しながら転がってベッドの下に落ちていった。  どうだろう? 結構いい手ごたえがあったからかなりの高ダメージかもしれない。新年度の始まりから目覚めが悪いというのは結構かわいそうだと思う。ひょっとしたらそれが原因ですさんだ生活を送るようになり、某世紀末伝説のように頭をモヒカンにして荒涼とした都市に巣食うようになるのだろうか。謎の物体はある日その町にやって来た救世主と出会って――― 「裕人(ゆうと)く〜ん、いったいこれは何のつもりだい?」 ベッドの脇から冷たい声が聞こえた――殺られる、本能的にそう思った。  謎の物体が脇腹を押さえながら立ち上がり、こっちに妙にギラついた目を向けてきた。 「悪かった、悪かった。謎の物体。モヒカンにするための費用は俺が出すからどこへでも旅立っていってくれ。」 「なんだい?謎の物体って……それにモヒカン? また勝手に自分で設定作っているのかな? 俺は永江豊文(ながえ とよふみ)だろう? 忘れてしまったんだな。思い出させてやろう」  謎の物体もとい豊文がこぶしを鳴らしながら近づいてくる――そんなかわいい童顔でやってもただ面白いだけだということに気がついていないのは致命的だ。だけど、目が怖い。異常なまでにぎらついている。これは、狼の目だ。なんだかチワワの皮をかぶった狼と対峙しているような気分になった。 「あ、ああ……豊文、おはよう。君の事を忘れるわけがないじゃないか」  一瞬で雰囲気がやわらかい物になる。でも、 「そうか、忘れていなかったか。だがお前は俺に何か言うことがあるんじゃないのか?」  豊文は目線を僕にしっかりと合わせて、部屋の出口の方に立った――狼の目のままで。僕は出口をふさがれて頭の中が真っ白になった。そして気がついたら訳の分からないことを口走っていた。 「朝、男が同じベッドで寝ているのは結構危ない状況だと思わないか?」 「そうか、お前にとっては俺の身体よりもそっちの方が気になる訳だな」 「待って! もう二度とやらないから。本当に悪いと思っているから! 延長コードをおもむろに手に取らないで!」  恐ろしい奴だ。延長コードを使って何をするつもりだったんだろう。 「……死人に口無しって知っているか」  ――もう二度とこいつのわき腹を蹴らないようにしよう。 「まあまあ、そんなことより毎日のことを話すべきだろ? 朝起きたら同じ布団で男が寝ていた。お前ならこの状況をどう思う?」 「どう思うって言われてもな……美少女だったらラブコメの始まりだが……」 「始まりだが?」 「男だとBLの始まりでしかないな」 豊文の言葉を聴いたとたん頭の中を様々な単語が駆け巡る。 BL? 腐女子? カラミ? 受け・攻め? 裕人×豊文? ……なんだかおぞましい想像が浮かんできた。そこから僕はそっちの道に歩き出すことになるのだろうか? 先輩からは生暖かい目で見られて、同級生からはヒソヒソと話す声が聞こえる。そして後輩たちは何も言わずに道を開けるようになり、集会のときには僕たちの周りだけ人がいなくなる。そして、そして――― 「うぉ、また飛んでいる。こっちに戻ってこ〜い!」 「ふふ、何が腐女子だ。そんなもの、そんなもの……」 「お〜い裕人く〜ん」 「コミケか? コミケが悪いのか?」 「裕人?」 「同人誌なんかあるから僕がBLの主人公になってしまうんだ」 「おい、裕人!」 「何とかしなければいけないな…まず組織を――」 「いい加減にしろや!」 豊文が目の色を変えて――本当に茶色から灰色にして、目にも留まらぬ速さで拳を打ち出してきた。その拳は僕の腹に届く少し前で僕の自動防御結界に阻まれて止まった。 「ねえ? それ、僕じゃなかったら死んでると思うけど?」 正直言って全く反応できなかった。自動結界がなかったら本当に死んでいたかもしれない。 「気にするな。お前にしかやらないから。」 ……一回豊文は痛い目にあうといいと思う。そう、例えばその童顔のせいでBL小説の題材にされて―― 「ところでお前、時間は?」  甘美な物思いにふけっていたら豊文が声をかけてきた。目覚まし時計をみると、時計は登校時間の十分前を指していた。ああ、こいつと話していると本当に時間が経つのが早いな……ってこのままじゃ、 「このままじゃ新年度早々遅刻じゃないか!」 「よく気がついたな。早く準備をして行ったほうがいいぜ。」 「お前! まさか自分ひとりで…!」 よく見たらこいつもう着替えて出かける準備万端じゃないか。 「じゃあな。始業式から遅刻して新しいクラスで浮きまくるといい。」 「ちくしょおおお!」  豊文は灰色の目をこっちに向けた憎らしい笑みを残して、見えない速さで行ってしまった。  あいつがいない部屋は少し広くて、なんだかゆったりと時間が過ぎているような気がする――「ってこんなこと考えている暇は無いんだってば!」  僕は頭を大きく振りかぶると、急いで準備をして寮の扉から外に飛び出していった。 ※  寮を出て通りを見渡したけど既に豊文の姿は無かった。僕はとにかく必死に走って、走って、走りまくった。僕の通っている光岡学園の理事会は馬鹿だろう。と思いながら。確かに寮と学校の地図上の直線距離は五百メートルだよ。でもその間に山があるってことに気がつかないってどうよ? 寮からの直線道路を走り抜け、T字路に差し掛かって立ち止まった。 「どっちの道に行こう…」  右に行くと、普通に公道を行くので山を回ることになる。そうすると距離は二キロを越えてしまう。通学用のバスはとっくの昔に行ってしまっているから歩くしかない。――ってこれは僕のせいか。これでは豊文でもない限りとても間に合わない。  左に行くと、山間の谷川に続くに出る。そこの川原を通っていくと大体五百メートルだけど、とにかく足場が悪い。それにそっちからだと学校内に入るために柵を越えなければならない。そしてその様子を先生に見られたら指導室送りになってしまうというおまけ付だ。  遅刻か危険か…悩む。――こまで重要じゃないよね、始業式って。どうせいつも先生の話をBGMに寝ているし。それなら最初から参加しなくても同じか。別にクラスで浮きまくってもいいか。よし、「遅刻するか」つい言葉に出てしまった。でも誰も聞いてる人はいないからいいよね。  だけど、交差点を右に曲がったら、先の方のカーブで茶色い髪をした少年がコンクリート塀にぶつかって頭から血を流して倒れているのが見えた。なまじ童顔なだけに、とても痛々しそうに見えてしまう。だが、だまされてはいけない。中身は猛獣だ。アレ位ではどうということはない。……それにしても、 「またやってるよ……」  豊文は真っ直ぐキレイに突っ込んで行ったみたいでコンクリート塀がキレイに倒れている。そして周りには周囲の住民たちが輪を作って心配そうに豊文を見ているが、誰も助けようとはしない。それはそうだろう。これで何回目になるか分からないほど同じことをしているのだから。 「豊文、お前の能力は『物体の加速』で『物体の速さの制御』じゃあないんだよな……豊文、安らかに眠れ」  アクセルしかついていないバイクを全力で吹かして走っていくようなものだろう。ものすごいスピードで町を走り抜けていったがカーブで曲がりきれなくて……豊文、君の分まで頑張るからね。涙をぬぐって左の道へ歩き出す。豊文が少し動いたような気がしたから必死で走り出す。  走り出してすぐに後ろから豊文の声が聞こえた。 「ゆ〜う〜とくん。ど〜こい〜くの?」  ――普通に幽霊の台詞だ。 「うん? それはもちろん――、ってうわぁあああ!」  僕は答えながら振り向いて、つい悲鳴を上げた。  谷川沿いの砂利道を、童顔の少年が顔を赤く染めてニコニコ笑いながら、匍匐前進で追いかけてくるんだ。――下手なホラー映画よりずっと怖い。 「なんで匍匐前進なんだよ!」「足が痛くて動かないんだよ」「普通に怖いよ! 怪我しているなら早く病院に行こうよ」「それが分かっているんだったらとまって俺の怪我を治してくれよ」「僕がそんな能力もっていないこと知っているだろう?」「回復能力試験のとき先生が軽く指先に作った怪我を手のひら一杯に広げた伝説なら知っている」「ならそんなこと言うな!」「はっはっは! まあとにかく俺の怪我を診てくれよ!」「嫌だ! 僕まで怪我人にされそうな気がする!」「気のせい気のせい」「絶対気のせいじゃないってそれ!」  僕と豊文は仲良く学校向かって急ぐ。このままだと本当に間に合いそうだ。人間、あきらめちゃいけないね。 ※  何とか時間に間に合って、集合場所に行った。そこではもう体育館の入場が始まっていて、先生の「早く入場しろ」という言葉を受けて、みんな体育館に入場して行っていた。僕もその流れに乗って体育館へと入って行く。「うわっ君、すごい怪我じゃないか!」「早くこっちに来なさい!」「えっ先生大丈夫で――うわぁぁあああ〜!」――なんだか遠くで豊文の声が聞こえたような気がするけど気にしないことにする。  体育館に座って、始業式を受ける。最初のハゲ頭の校長先生の挨拶からもう睡魔が襲ってくる。「わが学園の高等部の一員としての自覚を持って〜」あぁ、もう駄目だ、寝よう。――目が覚めたとき、周りには誰もいなかった。 ……誰か起こしてよ。  誰もいない昇降口の壁に張られた掲示を見て、自分の名前を確認する。――よし、僕の教室は二―Dだな。  廊下を走って、二―Dの教室まで行き、中に入ると新年度の初めどこのクラスでもするように、みんな自分の席について周りの人と喋っているようだった。……まだ先生来てなくってよかった。 「おい、裕人」  自分の席を探していたらいきなり話しかけられた。そっちの方を見てみると、少しツリ目で、少し神経質そうな顔が視界に入った。 「なんだ、晴信(はるのぶ)か」 「なんだってなんだよ。折角同じクラスになったのに連れないな〜」 「お前と同じクラスになっても何も嬉しくない」 「――それって酷くない?」  他愛も無いやり取りを済ませ、晴信の前の席に座る。こいつが同じクラスということならとりあえず知り合いがいて安心だ。「おい、晴信、誰か気になる人でもクラスにいたか?」 「そうだな〜とりあえず、学年トップの高原智子(たかはら ともこ)が狙い目だと思うぞ」 「誰がお前の好みを聞いているんだよ」 「何を言っているんだよ。学校生活において同じクラスの女子はかなり重要なファクターだろ」  ……僕も、晴信も同じクラスの女子によって学園生活が楽しくなったなんて事は無いだろう。と言おうと思った。でも確かに同じクラスの女子は大切だ。どんなギャルゲーでも主人公と同じクラスに絶対一人は攻略可能キャラがいるからな。ひょっとしたらこの中にもう、僕に気がある人がいるかも。とりあえずフラグでも立てに行こうか―― 「裕人? 裕人〜」  いけない、また意識が飛んでた。 「ああ、ごめんごめん。確かにかなり重要だ」 「だろ? でも、さすがに高嶺の花かな――」  晴信が高原さんに目を向けて言う。 そこには白雪のように白く滑らかな肌をして、腰まで届く長い黒髪をポニーテールに纏めている美少女が友達と喋っていた。なんだか見ていると日本人形を思い出す――でも、性格は正直言ってかなり男勝りな性格をしているけどね。まあ、どっちにしろ今まで全く関わったことないし、 「高嶺の花……というか、全く関わることもなさそうだね」  そう言って、晴信の方を向く。 「そうだな」  晴信が苦笑して、おもむろに口を開く。 「あとさ……」 「なんだよ?」  晴信は面白そうに肩頬を吊り上げて笑うと、僕の左前の席を指差していった。なんだ、なんなんだよ。そんな風に言われると気になるじゃないか。 「豊文も同じクラスだよ」 「マジ?」  ※  その後結局豊文は来ず、ホームルーム開始のチャイムと同時に教室の前方の扉が開いて、三十歳位の、見るからに怪しげな風貌をした先生が入ってきた――今朝、始業式で変な話し方で話していた先生だ。えーっと名前はなんだっけ? 「はい、みんないったん席について〜ホームルームを初めまーす」  妙に間延びした声でみんなに指示を出すと、先生は黒板に向かって―― 原田孝介 そう黒板に大書して、こっちの方を向いた。クラスのみんなは席に着いて先生のことをジト目で見ている……この人、怒らないのだろうか。 「はい、皆さん始めまして。今年この学園に赴任してきた原田孝介(はらだ こうすけ)と言います。行使できる『能力』の種類は十個で、一応能力到達度一級の資格持ってま〜す。あと、彼女とかいないんで、恋人募集中で〜す」 ……完全スルーですか。いや、むしろ目は笑っていないか?ぼさぼさの髪の毛。無精ひげまで生やしている。それでいて話す口調も内容もとても軽い――本当に先生か? 「みんな普通に僕のことは原田先生って読んでくれればいいですよ」  だれも何の反応を示さない。 「誰か、告白とか電話番号知りたいとか言う人はいませんか〜」 ……何するつもりだこの性犯罪者。 「あの、先生」  高原さんがまっすぐ手を挙げた。すると、クラスの全員が驚いたように彼女の方を見た。  先生はにこにこと笑って顔を彼女の方に向けていった。 「何? いきなり告白?いや〜まいっちゃうな」 「いえ……そんな気はありませんから」  冷静につっこみを返している。グッジョブ高原さん。先生は――おい、泣いてるよ。 「いや、別に、そんな先生の事が嫌いって訳じゃあないんですよ」  先生を慰めようと高橋さんが話しかる。 「いいんだよ、別に。……それより何だい?」 すると先生は一瞬で泣くのをやめると、彼女の方を向いて笑った。 (なあ、晴信、この人目一杯楽しんでいないか?)  後ろを向いて、笑いながら晴信に話しかけた。 (絶対そうだと思う。でもあんな可愛い子をあんな目にあわせるなんてな〜性格悪いんじゃねえ)  晴信も、少し笑いながら答えてきた。それにしても高橋さんは一体何がしたいんだろう。  高原さんは先生の感情の奇行に戸惑った様子で、少し眉をひそめながら先生に質問した。 「先生、『能力』が十個って本当ですか? あと一級の資格って能力到達度一級のことですか?」  「なるほど」「確かにそうだよな」そんな声がクラスのあちこちから聞こえてきた。 「そうそう。普通は『能力』は一人多くても五つくらいでしょう?」 「能力到達度一級なんて自衛隊の特殊部隊クラスの人しかもっていないじゃないですか。冗談も大概にしてくださいよ」 「先生、いい加減に嘘つくのやめてください」  高橋さんの言葉に続いてクラスの中から先生に対する疑問・反感の声も続出する。 「僕ってそんなに信用ないの?」  先生は目を伏せて、とても悲しそうな声で言った。でももうみんなそんなことは気にしないでどんどんと先生を攻撃する。というか――初対面でどこに信用があると思っていたんだ?この人は。 「『能力』が十個って言うのは本当ですよ〜でも正直言って器用貧乏みたいな感じになっちゃっているかも。一級の資格っていうのは能力到達度一級のことですよ。え〜っとあったあった、はい、資格証明書」  先生は胸ポケットからカード入れを取り出すと、その中から先生の顔写真入りのカードを見せてきた。  それを見た瞬間、クラスの全体がどよめいた。 「ねえ、あれって本物?」「分からない。でも本物っぽくない?」「本物だったらなんで学校の先生なんかやってんだ?」「一級ってあれか? あれを持っているだけで就職先には不自由しないって言うあれをこんな人が?」「おい、誰か試してみろよ」「試すってどうやって」「お前が何か能力かなんか使って……」「お前がやれよ」 ……みんな疑っている。このクラスには常識的な判断が出来る人が多いみたいだ。高橋さんも周りの人と一緒に話している。誰か、誰か勇者はいないか……! 「すいませ〜ん病院に行っていて遅れました〜」  豊文が頭に包帯を巻いて教室の後ろのドアから入ってきた。相変わらずのんきそうな奴だ。だけど、今僕には彼が勇者のようにに見える。よくみると周りのクラスメイトもそこはかとない希望をたたえた目で彼を見ている。  証明書を胸ポケットにしまうと、先生は豊文のほうを見た。 「あ、そうですか。え〜っと永江豊文くんだよね?」 「はい、そうです」 「君の席はそこの空いているところです。早く座ってください。」 「わかりました。」  先生は豊文に席に着くように指示すると、名簿の方になにやら書き込み始めた。 (おい、豊文)  僕の席の隣を通った豊文に話しかける。 (なんだよ裕人) (ちょっとさ、頼みたいことがあるんだけど……) (はぁ?何で俺が……)  面倒くさいといわんばかりに首を振って歩き出す。ここで逃がすわけには行かない。僕がクラスのみんなになんて言われるか分からない。 (頼むよ、何かお礼はするからさ)  豊文は嫌そうな顔をした。けど、足を止めたということはやる気はあるって事だな。 (先生に、何か加速させて飛ばしてくれ) (お前、それ俺も先生も本当に危ないから) (大丈夫、僕がやったっていう。それに先生は一級を持ってるらしい) (……本当だな? 本当にお前がやったっていうんだな?) (僕が嘘をつくとでも?) (なら一週間お前が飯作れ)  こいつ、何気にでかい要求してきやがる。一週間も炊事当番なんかさせられたら僕の遊ぶ時間がなくなってしまうじゃないか。 「どうしたんですか〜豊文君。気分でも悪いんですか?」  先生があまりにも遅い豊文に怪訝そうな顔を向けてきた。周りを見てみると、クラスメイトたちも豊文に注目していた。――ただし期待に目を輝かせて。 「すいません、ちょっと足が痛くて」 豊文がズボンの裾をめくって包帯を見せると、先生は「ああ、ならゆっくり無理しないでください」と言ってまた名簿に目を落とした。なんだか先生に悪いような気がしてきた。でも、この好奇心はとめられない。それに、ここでやめさせたら、クラスのみんなに間違い無く起こられる。 (いいよ……やるよ炊事当番) (決まりだな)  豊文はポケットから朝の衝突のときにポケットに入ったらしいコンクリート片を取り出すと、「先生、ちょっと」と声をかけて、野球のボールくらいに加速させて投げた。って早すぎる。先生に当たらないように結界を張らなきゃ。 「はい?」  気の抜けた声を出して前を向いた先生の前でコンクリート片が光に包まれて、次の瞬間床にとても細かい砂が積もっていた。――え? まだ僕は何もしてないぞ? 先生はその砂の山に触れると、なにやら呟いた。すると、砂が固まって、豊文の投げた物と寸分変わらないコンクリート片を形作った。おお、本物だ。この瞬間、クラス全員が、先生のことを尊敬の目で見た。  その先生は、コンクリート片をしげしげと眺めていた。そして何か得心したようにうなずくと、豊文に向かって笑いながら言った。 「豊文君。放課後、私とお話しましょうか。」 ――なんだかその得心は、豊文にとっては不幸な物だったみたいだけど。 「待ってください――これは、裕――」 「なんてことをするんだ豊文!もし先生が止めなかったらどうなっていると思っているんだ!先生が怪我をしていたぞ!」  豊文の声にかぶせるように大声を張り上げる。するとクラスのそこらじゅうからも豊文を責める声が聞こえてくる。どうやら豊文は勇者ではなくスケープゴートだったみたいだ。豊文、君の犠牲でみんなが助かるんだ。消えてくれ! 「お前っ!」 豊文がこちらの考えを見抜いたようだ。追い詰められた顔で振り向いて僕に殴りかかってくる――いけない、結界が間に合わない。殺られる! 「せ、先生……」  でも、その拳は僕に振り下ろされることは無かった。先生が後ろから豊文の腕をがっちり掴んだからだ。先生、僕先生のことが神様のように見えます。 「豊文君、人のせいにするのはいけませんよ。とりあえずこっちに来てください」 先生は諭すような声で豊文に語りかける。でも、さっきまでとは違って目が笑っていない。 「は、はい……」  豊文はすごすごと自分の席に着いた。 クラスのみんなは先生に注目している。ただし、全員これまでのように疑いの目では見ておらず、尊敬の目で見ている――先生は本当に彼女を作ってしまうのではないだろうか。 「はい、それじゃあ最初のホームルームという訳で、自己紹介をしてください。私がさっきしたように名前・『能力』の数―あと、どんな『能力』かは絶対言って下さい。それがどんな『能力』でも言って下さいね〜」  先生の号令で、一番から順番に自己紹介をしていく。とはいえこの学校は他のクラスとの交流がとても多いので、ほとんどの人がどこかで見かけたことのある顔だった。そうして単調に自己紹介は行われていき、豊文の番になった。さっきあんなことをしたばかりなのでみんなが注目する――でもみんな笑っているし大丈夫だろう。 「永江(ながえ)豊(とよ)文(ふみ)。『能力』はさっき見せたように『物体の加速』だ。というかそれ以外無い。ちなみに減速は出来ないんで今日の朝は事故りました。」  その瞬間、クラスだ大爆笑に包まれた。こいつ、狙っていたな? 「あと、みんなに知っておいてほしいことがあります」  みんなが笑いながら豊文の方を見る。とても軽い雰囲気だ。これなら豊文、いけるかもしれないな。 「俺は――怪物系です☆」  その瞬間、教室中が静まり返った――いや、別にしらけたわけじゃない。豊文の読みが外れただけだ。ヒソヒソ声での会話が始まる。「おい、あいつ怪物系だってよ」「えっでも普通に面白そうな人じゃない」「ふ〜ん、あいつが…」「どうなんだろう……」「さっきのコンクリ片あたったら死んでるよな…」「やっぱり……私怖いかも」  豊文は、能力者の中でも特殊な怪物形と呼ばれる部類の人間で、能力を使うときに体の一部、もしくは全身を変えることにより、他の人より強力な力を使える奴だ。でも、その反面怪物系だということは今の世の中では蔑視の対象となることだった。さて、今回のクラスの人は豊文のことをどう思うのだろうか? やっぱりいつもと同じなのか?  なんだかクラス全体が微妙な空気に包まれたとき、高橋さんが立っていった。 「私は高原(たかはら)智子(ともこ)といいます。使える能力は、『生き物の傷の治療』と、『土を操る』この二つです」  いきなりの自己紹介。みんな戸惑ったよう彼女を見る。 「それと、私も怪物系。みなさん、よろしく」  そういってさっとクラスを見回すと、豊文に笑いかける。  一瞬の空白。そして次の瞬間クラス全体から拍手が起きた。 「そっか、高橋さんも怪物系だよね」「高橋さん最高!」「豊文、悪い。怪物系だからってどうということは無いよな」「みんな良い人ばかりじゃん」そんな声がそこらじゅうから聞こえてくる。  みんなが怪物系だということに偏見を持っているところに、自分も怪物系だと言って豊文を助ける。――なんだか胸の奥が熱くなった。 「そうだね〜怪物系の人は自分がそうだということも隠さずに言ってください。このクラスなら、言っても大丈夫でしょう?」  そこに先生が一言加えて場を収めた。誰かが何か言うまで待っているなんて、この人もさりげなくいい人じゃん。  その後、自己紹介は和やかな雰囲気の元で進行していった。僕は自分の番が迫ってくるにつれて、とても緊張していた。一体どうやって言おうか。というか何を話したら良いんだろう。ここで失敗すると去年みたいに『能力』を利用されちゃうからな……それだけは絶対に避けたい。  ついに僕の番がやってきた。椅子から立ち上がって、話す。 「僕は山内(やまうち)裕人(ゆうと)。使える能力は『水の状態変化』と、『結界の構築』です。正直言って結界しか能がないけど、これからよろしく!」  無難に済ませる。済ませないといけない。そう出来ているだろうか? 普通にこのまま流れて行きそうだ――よし、成功だ。そう思っていると、豊文がわざとらしく聞いてきた。 「すいませ〜ん。『水の状態変化』ってことは水を氷・水・水蒸気にするってことですよね」  こいつ、わざとか? わざとだな。でも、聞いていることは普通のことだ。普通に答えなければいけない。 「そうだけど?」 「ということは『水の状態変化』という能力は水限定で温度を操るって言うことでOK?」 「お、おう……」 「聞いたか? これが何を意味するか分かるか、みんな?」  クラスのみんなは怪訝そうな顔をして豊文を見ている。――豊文、これ以上は言うな。いや、言わないでください。  その思いを無常にも打ち砕いてニヤツキながら豊文が口を開く。 「つまり、何か飲み物の温度が気に入らないことがあればこいつに頼めば好きな温度に調節してくれるってさ。夏場は常に冷たいジュースが飲めるし、氷だって作れる。カップラーメン用のお湯だってすぐに沸くぞ〜」  その言い方に暮らす全体が沸いた。あぁ……これでまた一年僕はクラスの冷蔵庫(給湯機)になることが決定した。豊文の方を向くと、目がこれでお互い様だと言っている――まあ、スケープゴートよりはマシか。豊文、忘れているかもしれないけど放課後頑張れよ。  世の中、ある程度あきらめることも必要みたいだね。そう思いながら、クラスのみんなに大声で「いつでも言ってくれよ〜」と笑いかけた。                       《続く》