**1ページ目** ゲームに参加するのにニックネームを決めねきゃいけないの? うーん・・・そうだ!ジェニファーにする。短くしてジェニー! ジェニファーって名前には、有名な女優さんが多いじゃない? 私も、これからいーっぱい映画とかに出て どんどん有名になって、彼女たちみたいになりたいから。 私のニックネームは「ジェニー」。 “もしもし?あ、監督・・・ええ? 私が監督の映画の主演にキャスティングされたんですか? あありがとうございます。がんばります!” 芸能界だけではなく様々な方面から、 関心と期待を集める最高のスタッフとキャスティングで 今世紀最大の大ヒットとなるだろうとウワサされている映画、 「クレオパトラ」の主演女優が決まった瞬間だった。 ジェニーにとっては、まさに夢のようなことだった。 **2ページ目** 時代を超えた美女である「クレオパトラ役」に決まったという事 は、演技力も美貌も同時に認めらたようなもの。 それだけではない。 今もっとも注目されている若手でルックスと演技ともに 実力ナンバーワンの俳優のゾーン・フュイと リュド・メキンズがシーザーとアントニオの役に決まっており 物語の中とは言え、ジェニーはその二人から愛される チャンスに恵まれたのだ。 「クランクインまで、後6ヶ月・・・。この役を掴むために クレオパトラについては沢山勉強してきたもの。 彼女と同じように牛乳のお風呂に入って 毎日ざくろを半分ずつ食べて・・・。 それから、確か真珠もお酢に混ぜて飲んでいたはず! でも、真珠って高いよね・・・。それを毎日飲むなんて、 出来るのかなぁ・・・ **3ページ目** ううん、そんな事言ってられないわ! 真のクレオパトラのように見せるためには 彼女がしていたこと全てを再現しなくっちゃ。 それに、映画の消耗品って確か全部イミテーションで 用意されるんじゃない? でも、本物なら証明とカメラの前でも豪華に輝いて 私をもっと引き立つようにしてくれるはずよ。 その為にも、本物を用意しなくっちゃ!」 **4ページ目** そんなある日、めくっていた雑誌の1ページが ジェニーの目に飛び込んできた。 それは、ニューヨークで開催される 世界的に有名なオークションのチラシ。 『そうだ、オークションに参加している人の中で スポンサーになってくれる人を探してみよう! 映画は大ヒット間違いなしなんだし スポンサーになってくれる人にとっても 絶対損は無いはずよ!』 **5ページ目** 配給会社に頼んで、参加することに成功したオークションは ジェニーの想像をはるかに越えていた。 見たこともない金額で次々に落札されていく高価な品々・・・。 そしてそこに参加している政界と財界の有名人。 ジェニーにとって全てが刺激的で初めて触れる世界―。 “一流の職人が彫り出したクリスタルの彫刻のように 繊細かつ美しいお嬢さん。あなたがオークションに 出品された時は、私は全財産を出して君を落札させてもらい ますよ。” そんな老紳士のジョークも飛び出すほど ジェニーの溢れんばかりの若さと美貌は会場の中で 一際輝き、男女問わず人々の視線を独り占めしていた。 ざわっ・・・・ **6ページ目** 会場中が、1人の人物の登場で 一気に浮き足立ったのがジェニーにも分かった。 先ほどまでジェニーに夢中だった紳士でさえ いまやジェニーのことなど見向きもしていない。 会場中にいる全ての人が、現われた男に視線を注いでいる。 長い銀髪を後ろで束ね、蝶の仮面を被った男・・・ 側にいるのは支配人だろうか。 会場にいる全ての人は、口々に驚嘆とため息をつきながら 彼と支配人の行く先を見つめている。 人で溢れるフロアから、その隙間を縫うように現われた 彼の姿にジェニーは気分が高まっていくのを感じていた。 『彼なら、私が探していたスポンサーにぴったりだわ。』 支配人が彼のことを「ドン・ジュバンニ」と呼んでいたので それがおそらく彼の名前だろう。 **7ページ目** ジェニーは支配人よりも先回りし、 ドン・ジュバンニの横に座り、 オークションのカタログを眺める振りをしながら 見るともなしに彼の姿を捉えていた。 道化と思われてもおかしくない。 鮮やかな垢で彩られた蝶の仮面をつけていても 溢れる貴族的な気品―・・・。 彼に比べれば、共演者の2人だってかすんでしまう。 多くの女性がそうであるようにジェニーも一目で彼に心を奪わ れていた。 オークションは、ジュバンニが席につくのを待って再開された。 そして、ステージには古代エジプトの19代女王の物だろうと 推定されるネックレスが登場した。 細心の注意を払って扱われるそのネックレスの輝きは 少しも衰えることなく、今もなお威厳を失ってはいない。 **8ページ目** 『これなら・・・このネックレスなら、 私の理想通りだわ。あとは・・・』 ジェニーが求めていたものは全て舞台に出揃った。 イミテーションではない本物の輝きを放つ 古代の女王のネックレス。 そして、彼女が輝かしい未来へと進むための力添えをしてくれ るスポンサー。 オーディションのときだってこんなに緊張したことはない。 胸の高鳴りをしずめるように深く息をつき、すっと背筋を伸ばし た。 軽くあげたあご先に伏せた瞳―。 さながら、古代の女王クレオパトラのように・・・。 **9ページ目** 「あのネックレスの美しさがまだ女王を憶えているようですね。 あのネックレスを女王の首にかけることができる栄光を あなたがつかみたくありませんか?」 オークショニアの声と共についにオークションが始まった。 『さじは投げられたわ・・・』 静かにつげた声とは裏腹に ジェニーの心は緊張と興奮で震えていた。 それまで、ジェニーに一度も感心を寄せなかった ジェバンニの視線が注がれる。 徐々に上がっていく値段を叫ぶ声すら 自分の鼓動の音に邪魔されて遠く感じるほどだ。 しばらくジェニーを見つめていたジュバンニは ふっと笑うと人差し指を優雅に唇にあてた。 それはオークショニアにどんな高値が付けられても、それ以上 の価格で入札するというサイン。 **10ページ目** 人差し指を唇にあてると同時に 司会者がそのネックレスに最高値がつき 落札者が彼であることが高らかに参加者に告げられた。 人々は彼が提示した金額に賛辞と驚きを隠せず オークションは静かに・・・しかし水面下では 異常なほどの盛り上がりを見せて幕を下ろした。 ネックレスはジュバンニの手にあった。 ベロアが張られた豪奢なケースに収まったネックレス。 ジュバンニが台座からネックレスを取り上げて見せると ジェニーの胸は喜びで高鳴った。 「やはり、あなたは私が思った通りの人だったようですね。 どんな高価な美術品よりも、私の将来性を買ってくださった。 そんなあなたの人を見る目にこそ価値があると思います。」 **11ページ目** 「ふ・・・。どうやら君は勘違いしているようだが 私は君のその高い鼻っぱしらと勇気を高く買いたいね。 これほどの宝石、君の美貌を輝かすどころか むしろ宝石の美しさに圧倒されて 君のご自慢の美貌とやらがかすむんじゃないのかね? 美しい宝石をかけただけの人形に用は無い。 そうなりたくなければ演技にもっと力を入れると良いだろう。 ハッハッハハ・・・」 『な、何ですって・・・?』 ジュバンニの笑い声にジェニーは顔が赤くなってきたが その瞬間彼に言い返せるような言葉が すぐには見付けられなかった。 **12ページ目** 「この宝石は特別だから誰でも持てるものじゃない。 この宝石自身が主人を選択する力を持っていて 自分の価値をもっと輝かせてくれる主人を自ら選ぶ。 このネックレスは、君よりも彼女を新しい主人として 望んでいるようだ。」 ジュバンニはそういうと、すっと身体をひいて 彼の横に座っている女性の胸元へと ネックレスをかざした。 かつて、女王の胸元に飾ったその宝石は シャンデリアの灯りに照らされて ジュバンニがエスコートしてきた女性の胸元を飾っていた。 その女性は、つばの広い上品な帽子を被っていたので 表情は隠れてしまい、確認することは出来なかったが ジュバンニがネックレスをつける時に上げた顔をひと目見て 自分とは違う部類の美人であることをジェニーは感じた。 **13ページ目** 「ふむ・・・、やはり本物は本物を選ぶようだな」 今までジュバンニの影に隠れているだけだとばかり思っていた 女性は、実際はジュバンニが他の誰の目にも触れないように 大切にエスコートしてきたのだと気付く。 ジュバンニは来たときと同じように支配人に案内され ボディーガードの警護を受けながらその女性を連れて オークション会場を後にした。 彼らが後にした会場では残った人々も、まだ抜けきらぬ興奮に よいしれていた。 しかし、ジェニは華やかな場所で場違いなほどにみじめな気 持ちを味わっていた。 『こんなことって・・・』 ジュバンニに言われた言葉はジェニーの心を深く傷付けて 瞳には涙がにじんだ。 **14ページ目** しかし、ここで傷つき涙を流すのはジェニーのプライドが許さな かった。 すっと人差し指で涙をぬぐい顔をあげると 優雅な身のこなしでオークション会場を後にした。 おしゃべりにいそしむ人々で溢れるフロアで ジェニーは自分の魅力を最大限に活用して 華やかな話題の中心にいた。 しばらくは楽しい一時を過ごしていたが 話題が先ほどのオークションの話題になると ジェニーの胸には苦い思いが過ぎる。 人々の口にジュバンニの名前があがるのを聞いて ジェニーの隣にいた中年の貴婦人にジュバンニについて たずねてみた。 「失礼ですが、あの人がどんな人かご存じですか?」 **15ページ目** 「まぁ、お嬢さん。あなたはオークションは初めてなのね。 オークション会場で彼のことを知らない人はいませんよ。 彼は有名な宝石オークションには欠かさず参加しているの。 聞いたところによると、 あの若さでメガロカンパニーの副会長だとか・・・。 今日、彼がエスコートしていた美しい女性はたいへんなお家柄 の方らしいですし。 彼の婚約者だともっぱらの噂ですのよ。」 『メガロ・・・カンパニー?メガロカンパニーといえば 今回の映画のメインスポンサー・・・! ということは、演技にもっと力をいれてくれということは・・・ なんだ、あの人は既に私のことを知っていたんじゃないの!』 **16ページ目** もう、これ以上この場所にいるのは耐えられなかった。 どんなに取り繕っても、自分はあの人々の中ではイミテーショ ンに過ぎない。 たった一晩の出来事がまるで夢の世界の出来事のようで 自分が映画の主役にキャスティングされたことすら 夢だったんじゃないかとジェニーは思い始めていた。 うつむき歩いていると、人々がビルの大型スクリーンに 流れるニュースに立ち止まっているのが目に留まった。 『速報!メガロカンパニーのドン・カバリア会長死亡。 トリックスターゲーム優勝者に遺産相続!』 落ち込んでいたジェニーの顔にみるみる活気が戻ってきた。 確かにスポンサー選びでは失敗したかもしれない。 しかし、まだ完全にチャンスに見放されたわけではないらしい。 『メガロカンパニーのゲームで優勝者には遺産を相続する・・・ **17ページ目** そう、あれよ! 優勝して遺産が手に入りさえすれば、スポンサーなんかに 頼らなくても良いじゃない! 絶対優勝して美貌も、演技も、ゲームも私が一番なんだって ことを全世界に見せてやるのよ! ジュバンニとかいう人にも私の本当の力を見せてやるわ!』 ニュースにざわめく人々を背にして、ジェニーは歩き出した。 「トリックスター」と言う名の新たなステージへと向かって・・・