===========1ページ目============== ミコ(SHEEP)のプロローグー「不思議なお年寄りからの本」 図書館は人類の歴史を照らす光、図書館がなければ人類 の知識と知恵は点にしかなれず、 紡がれていく事はありません。 太陽の光を誰もが共有しているように、図書館もすべての人 に平等です。 私はその光を配る人になりたいと思います・・・ 私のニックネームは光を表す「ミコ」と申します “本を探そうとしても適当なキーワードが思い出さなくて・・・人 の心と宇宙を関連させて、真理を説こうとするっていう哲学の 本なんですけど、タイトル分かりませんか?” “あぁ、それだったら「心と宇宙(ソラ)」、著者はゼッヘル・ベー・ アランではありませんか? ===========2ページ目============== そういえば、今日は彼が嘘付きとして火あぶりの刑になった日 でしたわ。 でも、私は彼が考えた事がすべて嘘だとは思わないんです。 人の心って彼が亡くなって数百年経った今ですら全て解明さ れていないんですもの。 「宇宙とは誰かの心なのではないか・・・」 私大好きなんです、あのくだり…あ、ごめんなさい! 自分の考察をこれからお読みになる方にお伝えするのは司書 失格でしたわね。 本は12番の本棚の入口から左に見える、三番目の本棚の 上から五番目ラインの真ん中にありますわ。” ===========3ページ目============== “すいません、私も教えてもらいたいんですが・・・人間が持つ 言葉の自由性について論じた本を捜しているんですが、なに かわかりますか?” “えぇ〜!もしかして、ミゲール・マルコー著「言語論」ではな いですか?あぁ、今日はなんて素敵な日なんでしょう!まさか 「言語論」を知っている方に出会えるなんて! あぁ!申し訳ありません!本は20番の書架の一番奥の左 側コーナーにある本棚の下から一番目ラインの右側にありま すわ。” ここ国立図書館ではミコはかなり有名な司書だった。 図書館の司書の中では一番若いということで目立ってもいた が、それ以上に独学で文献情報学と書誌学を勉強して司 書資格試験で年上の人よりも優秀な成績で選ばれたからと いうこともある。 ===========4ページ目============== さらには、電子検索で捜すことができない本の情報をミコに 聞けば間違いなく捜すことができたからだ。 それだけではなく、関連書籍や様々なエピソードまで教えてく れるため、図書館を利用する人々にミコは大人気だった。 (一方、本以外のことはすぐに忘れてしまうのだが…) 人々はそんな彼女を「本の妖精」と呼んでいた。 彼女は本をまるで生き物のように扱っていた。挨拶を交わし、 安否を気遣い、汚れたところを綺麗にし、お茶を飲む時は目 の前に本を置いて友達のように会話をしていた。 本に対することとなると、妖精のように不思議な能力を発揮し た。 ミコの本に対する愛情は彼女の性格からきていた。 ===========5ページ目============== 幼い頃から恥ずかしがりやで内気だったミコは、友達と遊ぶこ とも少なく一人で遊ぶ時間が多かった。 周りからは自閉症やアスペルガー症候群ではないかと心配さ れるぐらいだった。 当時の彼女は自分が考えていることを言葉でうまく表現するこ とができなかった。 それを教えてくれたのが本だった。 そんな本は彼女にとって一番の友達だった。 彼女はもっと多くの本と出会いたかった。 しかし自分一人で接する事ができる数には限界があるため、 より多くの本と自由に接することのできる国立図書館の司書 になった。 司書になった彼女の興味は本を読むことだけに留まらず、様 々な国の言葉や過去に話されていた言葉、具体的には ラテン語、ヘブライ語、シュメール語、ギリシャ語、エジプト象形 ===========6ページ目============== 文字、キリール文字、ルーン文字などを覚え始めた。 彼女が駆使することができる言語は19世紀に30ヶ国の言語 を駆使していたといわれる「リチャード・ボタル」より2ヶ国語の 多い32ヶ国語だった。 そんなミコの噂は古書を扱う人々の間に少しずつ広がり、各 界では彼女の助けを求める人がますます増えていった。 そしてその噂は、ある教会にまで広がった。 ある日の事、大きなつばの付いた古い帽子を被り、銀の刺繍 が施された黒いポンチョを着た人が国立図書館に訪れた。 その人はしわの寄ったポンチョを全身に被り、顔の半分以上を 隠していた。 ポンチョに付いている銀の刺繍は歩く度にそれぞれ違う明るさ できらめいた。 彼はミコの座っているデスクの前まで近付いてきた。 ===========7ページ目============== ポンチョで隠されてない目元当たりも、深く被った帽子のつば の影で顔付きを確認することは出来ない。 ただ、ポンチョの隙間から見えるしわの寄った指と帽子の下に ちょっとだけ出た髪の色と、長くて細い髭から年寄りであろうこ とがわかった。 彼はポンチョの中に何かをいっぱい抱えているのか、十ヶ月目 の妊婦のようにお腹周りが膨らんでいた。 彼は何も言わずミコの前にそっと立った。 ミコから“何かお手伝いしましょうか?”と切り出した。 彼は何も答えず、ポンチョの中から十数冊の本を「ドサッ!」と ミコのデスクの上に置いた。 ミコは机の上から落ちそうになった本の中から、図書館で見た ことのない不思議な本を一冊見付けた。 他の本はこの図書館から借りられた事を示すタグがついてい たが、この本だけはどこにもタグが付いていなかった。 ===========8ページ目============== “あのぉ、この本は当館の本ではないようですが、どうされました か?” ミコが顔をあげた時には、彼の姿はすでになかった。 彼を捜そうと図書館の外に出たが、どこにも彼の姿は見当たら なかった。 ミコはその本を彼が取りに来るまで暫く保管しておくことにした。 本は羊の皮の裏を使って作ったようにふんわりとしていた。 縁は金の紋様で飾られ、本の題目や著者の記載はどこにも 見当たらない。 本の内容も、今まで一度も接したことのない文字で構成され ていた。 文字の形は古代文字のようで、表紙や中紙は古かったが本 自体は古書ではないように思えた。 ===========9ページ目============== 中紙の種類やインクの状態、文字の模様や不規則な配列、 本の製本状態から、この本は最近別の本から写しとられた一 部分のようだった。 不思議な記号の羅列と合成符号、そしてイラストなどからこ の本が『魔法』に関する文献であろうと思えた。 ミコはお遊び程度に中世時代の魔法について扱った本は接し たことはあるが、古代文字で書かれた本物の魔法書は初めて だった。 魔法が現実に存在するのかどうかは分からないが、ミコはこの 本に惹かれ、全ての内容を読み解きたいと思うようになった。 まず、まったく読めないこの本の手がかりを掴むため、この本を 持ってきた彼の正体から調べることにした。 魔法書以外に彼が返却した本の返却履歴を調べたところ、 それぞれの本がすべて別の人が借りた事になっていた。 ===========10ページ目============== ミコはそれぞれの人に連絡をして彼との関係と本の貸し出しに ついて聞いてみた。 しかし誰ものことは知らず本を借りたこともないと言うのだ。 ならば、彼が本を取りに来ることを待つしかない。 彼が本を取りに来るまでの間、ミコは本を読みきる事に集中し た。 今まで一度も接したことのない文字だったので読むのは大変 だったが、ミコの探求意識はさらに刺激された。 図書館の業務をこなしながら、業務が終わった後はその本の 研究だけに没頭した。 そして数ヶ月が経ったある日、ミコはこの本の古代文字にいく つかの特徴があることに気が付き、次第に本の内容を理解す ることができるようになっていった。 ===========11ページ目============== 本の内容は魔法の呪文そのものだった。 ミコが声を出して文章を読むと、ミコの周辺では不思議な変 化が起き始めた。 本棚が勝手に倒れたり、本の中のイラストが生きているように 動いたり、闇の中でもまるで照明をつけたように本が読めた。 さらに、本の中の魔法を使用することで、本の中の隠されたペ ージが現れた。 隠されたページは99ページと100ページの間に存在した「99 1/3ページ」と「99 2/3ページ」の二つのページだった。 そのページには、次のような内容が書かれていた。 ===========12ページ目============== ‘この文字を読めるようになったことを歓迎します。 この文字を読めるならば私たちの期待に添う事のできる魔法 を使うための必要な知識と潜在能力を持っているに違いあり ません。 あなたなら私たちがまだ解読することができなかった古代文字 の内容を解読することができると信じ、この本をあなたに送りま した。 この本は原本の一部のみを私が直接筆写した本で、あなた の能力を試すために作ったものです。 私たちは‘Speller’という古代魔法研究学会の会員なのです が、あなたの力が必要です。 (中略)カバリア島で学会のメンバー何人かがあなたをお待ち しております。 詳しくはカバリア島でお話しましょう’ Shilurus asotus ===========13ページ目============== ミコが本を全部読み終わると、本の文字は水の付いたインク のように跡も残さず消えてしまった。 そして、「99 1/3ページ」「99 2/3ページ」は 99ページと100ページに戻った。 ‘カバリア島…?’ 夢を見ていたのか、それとも何かを見間違えたのかと疑問に 重いながら、99ページと100ページをもう一度見ていると、どこ からかみみずくが一匹飛んできた。 彼女は、窓も開けてないのに急に部屋の中に入ってきたみみ ずくに驚き、悲鳴を上げて机の下に隠れた。 すると、みみずくはミコの前に新聞を落として後に羽ばたき、閉 まっている窓に向かって飛び立った。 そして、窓をそのまま通過してどこかへと飛んでいってしまった。 ミコはみみずくが持ってきた新聞を広げてみた。 それは、今日の新聞だった。 ===========14ページ目============== そこには隠されたページに書かれていた「カバリア島」の話と ドン・カバリアの突然死が速報として載せられていた。 家と図書館以外には行ったことのないミコは、一人で旅に出る ことを一度も考えたことはなかったが、なにか不思議な力によっ て「カバリア島」に心が引き寄せられているように感じだ。 今まで本の中で起きていた不思議な出来事が、目の前で現 実の物となっている。 憧れでしかなかった本の中の主人公に今自分がなっている。 この力で今までの自分ではできなかったことができる。 今までは本を探している人の役にしか立てなかった自分が、も っと色んな人の役に立てるかもしれない。 彼女は「カバリア島」で始まろうとしている新しい自分の物語に 胸を躍らせていた。